2014年12月30日

12月30日 古地図散歩に行こう!江戸城外堀5

江戸時代の地図をみながら江戸城外堀を一周する歩き旅応援舎の「古地図散歩に行こう!江戸城外堀5」、今回は年末休みを利用しての「江戸城外堀特集」として、12月28日〜30日にかけて3日間で全5コースを歩いてきました。

今回はその最終回、水道橋駅前から外堀の終点である隅田川合流部にある柳橋まで歩きました。今回はお客さんが撮ってくれた写真を使っていますので、めずらしく私も写っています。

神田川は江戸時代初期に江戸城の北の守りなどの役割を担って掘られた人工の川です。寛永13年の外堀建築に伴って神田川にも門が築かれ、本格的に江戸城の外堀として機能するようになりました。

現在の神田川は外堀の土塁だったところにJRが走り、東京メトロ丸ノ内線も顔を出したりで多彩な一面を見せています。

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今回は前日とは打って変わったよい天気。この好天の下、水道橋をスタートです。

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この橋は江戸時代の初期には北側にあった吉祥寺の門前の橋であったため、「吉祥寺橋」と呼ばれていました。明暦の大火(1657)によって吉祥寺が焼失し駒込に再建されると、下流に架かっていた神田上水の樋にちなんで「水道橋」と呼ばれるようになったのです。

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幕末か明治初めころに撮影された上水の樋(国立国会図書館蔵)


ちなみに火事で家を失った吉祥寺門前町の人たちが五日市街道沿いを開拓して移転したのが、現在の武蔵野市の吉祥寺です。

外堀であった神田川沿いに御茶ノ水までやってきました。現在は駅の東西に2本の橋が架けられていますが、江戸時代には橋のなかった場所です。

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この付近を「駿河台」と呼んだのは、徳川家康の死後に駿府で家康に仕えていた武士たちが江戸に戻ってきて屋敷を構えたからだといわれています。

この駿河台の坂道を下ったところに太田姫稲荷神社があります。

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太田道灌が娘の疱瘡治癒を願って建立したと伝わる神社ですが、江戸時代には駿河台の坂の上、外堀の土塁の上にありました。上に載せたの地図にも描かれています。

現在地に移転したのは土塁を切り崩して御茶ノ水駅を建設したことによります。元あった場所には木が1本生えていて、ここに「太田姫神社元宮」の札が掛けられ無料のお守りが置かれています。

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現在御茶ノ水駅がある北側には、江戸時代から神田神社(当時は神田明神)がありました。言わずと知れた「江戸の総鎮守」で、庶民たちから最も慕われた神社でしょう。

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そして神田明神といえば「明神下の親分」こと銭形平次。架空の人物ではありますが、神社の境内に日が建てられています。

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この碑、よく見ると隣には子分の八五郎が。そして碑の足下には「寛永通宝」の文字があります。

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さらに外堀沿いに進んで秋葉原も近くなった場所に、かつては筋違門がありました。

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この場所には明治の終わりに万世橋駅が建設されましたが、昭和18年に「営業休止」という形で廃止となりました。跡地は長らく交通博物館として利用されていましたが、跡地は近年近代遺跡として整備され、平成25年から複合施設mAAch ecute(マーチエキュート)として公開され、万世橋駅の遺構が自由に見られるようになりました。

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路面にはガラス張りの下に駅の遺構を見ることができますし(ただし写真撮影は至難の業です)、明治・大正時代に造られた階段を昇ってホームの跡地に行くこともできます。

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そしてホームの跡地では、今でも両側を中央線の車両がビュンビュンと通っています。

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電車が来たところを慌てて撮ったのでちょいとピンぼけ


昔の絵や写真がタッチパネルで見られるモニターも設置してあり、なかなか楽しい施設です。

思わず「外堀を歩く」という本来の目的を忘れそうになりましたが、外堀でもあった神田川の南岸には江戸時代に柳の木が植えられていました。そのためこの辺りを「柳原土手」と呼んでいました。

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現在でも歩道の並木が柳です。

外堀最後の門は浅草門です。浅草寺はここから3kmほど北ですが、浅草の入口ということで浅草門なのです。なぜか門があったのとは神田川を挟んだ反対側に碑があります。

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ここから隅田川はすぐ近く、江戸城外堀一周もラストスパートです。

そして着きました!

隅田川との合流部!


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ここに架かっている柳橋の上から、右前方に見えるのは両国橋です。

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江戸城外堀はここが終点です。思えば外堀の起点はこんな感じの場所でした。

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外堀に沿っての江戸一周も、今回でひとまず終了です。3日間で一周された皆さま、どうもお疲れ様でした。

今回のコース
水道橋駅→上水樋の碑→大砲鋳場跡→御茶ノ水の碑→大久保彦左衛門屋敷跡→小栗上野介屋敷跡→太田姫稲荷神社→筋違見附跡→万世橋駅跡→柳森神社→関東郡代屋敷跡→浅草見附跡→柳橋

歩き旅応援舎の古地図散歩は、週末を中心に開催しています。江戸城外堀一周の全5コースも周期的に開催しています。「参加してみたい!」とか「もっと詳しく知りたい!」という人は、歩き旅応援舎のホームページをご覧ください。

使用古地図:人文社復刻版江戸切絵図コピーライトマークこちずライブラリ
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2014年12月29日

12月29日 古地図散歩に行こう!江戸城外堀4

江戸時代の地図を見ながら東京を散策する歩き旅応援舎の「古地図散歩に行こう!」、この年末には「江戸城外堀特集」として12月28日〜30日の3日間で江戸城外堀シリーズ全5回を一気に歩いてしまおうと企画したのですが、29日の午前中、「江戸城外堀3」はあいにくの雨でした。

そして午後、昼食を終えて屋外に出てみると・・・

雨がやんでいる!!\(^O^)/


靴の中はぐっちょりながらも、午前中よりは快適に歩けそうなのでありました。

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さて、午後に行った「江戸城外堀4」は集合地点が四ツ谷駅麹町口、外堀にあった四ツ谷門の跡です。その門の石垣の一部が麹町口には残っているのはよくわかるところですが、実は駅前のトイレの下には撤去された石垣の下部が埋まっていて、その場所がタイルで表示されています。

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そのため、ここに設置されている都市景観賞のプレートには、石垣の絵が描かれているのです。

四ツ谷駅からは外堀を埋めて造られた外濠公園の中を通り、市ヶ谷へと向かいます。市ヶ谷も江戸時代には門のあった場所です。

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市ヶ谷門の跡は、現在JR市ヶ谷駅の入口になっており、こちらには門の跡の石垣は残っていません。門の跡から外堀を隔てた反対側には、NHKのブラタモリにも出てきた亀岡八幡宮の急階段があります。

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亀岡八幡宮の中にも見どころは多いのですが、それよりなにより帰り道が・・・

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コワすぎる!!


この辺りの外堀は、もともと谷になっていたところをさらに掘り込んで造りました。そのため、外堀の西側には高台になっていて、そこにはたくさんの上り坂があります。この逢坂もその一つ。

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好き合ったもの同士が身分の違いから生き別れとなった悲しい伝説のある坂です。この坂の下には「堀兼の井」と呼ばれる井戸があります。継母によって素手で井戸を掘るように命じられた子が、井戸を掘りかねているうちに力尽きて死んでしまったという伝説の井戸です。

井戸を掘り切れずに死んでしまったのになぜ井戸があるのか?という突っ込みどころはありますが、この「堀兼の井」、いったん第二次大戦の空襲によって埋もれてしまったのですが、現在では再び掘られてポンプ式の防災用井戸となっています。

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飯田橋の駅前にも門の跡の石垣があります。ここには牛込門がありました。

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最近、東日本大震災で石垣がゆるんだ部分の修復工事が終わり、ふたたび石垣付近の整備をし直して公開されたのですが、その整備の一環として地面に描かれた牛込門の図が、なぜか植え込みの下敷きになっていました。

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かなしい・・・


外堀は千代田区と新宿区の境にもなっています。牛込門跡よりも北側の外堀は現在暗渠になっており、その上にはびるが建てられていますが、ビル1階の床には区界を示すプレートがはめ込まれています。

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中央線の前身である甲武鉄道は、土地買収を容易にして早期に開通するために四ツ谷から牛込までは外堀内に線路が敷かれました。それが牛込をすぎると外堀の中から外堀内側の土塁上に線路が上がります。

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外堀の縁が緑色に描かれているところが土塁です。そこでは道路との交差場所に鉄橋が造られましたが、その鉄橋は明治時代に甲武鉄道が造られた当時のものなのです。

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しかもドイツ製です。「1904」(明治37年)と敷設された年も鉄橋に書かれています。

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この日は水道橋駅近くの三崎稲荷神社で終了となりました。いよいよ次回は最終回、水道橋駅から外堀の終点である隅田川合流部にある柳橋まで歩きます。


今回のコース
四ツ谷門跡石垣→外濠公園総合グラウンド→亀岡八幡宮→市ヶ谷門跡→浄瑠璃坂→愛敬稲荷→逢坂→牛込門跡→神楽坂 →善国寺→牛込揚場跡→小石川後楽園の石垣→小石川門跡→水道橋駅

歩き旅応援舎の古地図散歩は、週末を中心に開催しています。「参加してみたい!」とか「もっと詳しく知りたい!」という人は、歩き旅応援舎のホームページをご覧ください。

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12月29日 古地図散歩に行こう!江戸城外堀3

古地図を見ながら江戸城外堀一周を年末の3日間で一気に歩こうという「古地図散歩に行こう!江戸城外堀特集」、3回目は溜池山王駅から四ツ谷駅までです。

ところがこの日はあいにくの雨。ビルも霞んで見えます。

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溜池山王のある場所は江戸時代に溜池があった跡地なのですが、江戸城外堀の一部だったこの溜池の外側が赤坂です。

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赤坂には勝海舟が3回にわたって住んでいました。まずは結婚して独立したとき、幕府内で出世した幕末ころ、そして明治以降です。

それぞれ住んでいた場所はちがうのですが、幕末に住んでいた場所は氷川神社のすぐ隣で、万延2年(1861)に発行されたこの地図には「勝麟太郎」の文字があり、その場所には現在は説明板と標柱が設置されています。

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さて、勝海舟の住居跡3箇所を回ってから江戸城外堀に戻ります。かつて赤坂プリンスがあった場所の前の坂道を上ったところに、赤坂門跡の石垣があります。

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江戸城の門のことを「見附」ともいいますから、赤坂見附とは本来はこの城門のことでした。現在、赤坂見附駅は坂道の下にありますが、丸ノ内線が敷かれたころには駅から一番近いランドマークが赤坂門だったため、この駅の名前ができたのです。

ちなみに、現在赤坂門から一番近い地下鉄の駅は、この真下にある永田町駅になります。

もう一度坂道を下ります。ここで外堀にある弁慶橋は、明治以降に架けられたもの。江戸時代にはありませんでした。

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堀の向こう側に行くために坂道を上って赤坂門を通らなくてはならないのは不便なので、新たに造られた橋なのです。

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「弁慶橋」という名は、江戸時代に藍染川(台東区を流れていた川とは別の川)に架かっていた弁慶橋が、藍染川の埋め立てに伴って解体されたことから、その部材を使って造られた橋であることに由来します。

弁慶橋を渡ると右側に紀伊徳川家の屋敷跡。本来は上屋敷でしたが、江戸時代後期の火事で焼失後に上屋敷の機能は赤坂藩邸(現在の迎賓館のある場所)に移転し、この場所は放置された状態になっていました。

それに対して左側は彦根藩井伊家の中屋敷跡。明治以後は伏見宮邸となり、戦後に相撲取りから実業家になった大谷米太郎が買い取りました。そこに建てられたのがホテルニューオータニです。

この場所は井伊家の屋敷なる前は加藤清正の屋敷でした。その当時の庭園は、井伊家、伏見宮邸と引き継がれ、ホテルニューオータニの日本庭園となっています。

この加藤清正の庭園にあったと伝わる庭石が、ホテルニューオータニの日本庭園にあります。

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池の中にあるこの石です。見たところ何かに似ていませんか?

あ!木の根っこだ!!


実はこの石は松の化石なのです。ホテルニューオータニの庭園には、他にも寛永寺から移されてきた灯籠や江戸時代から生えている木などがあります。

ホテルニューオータニの日本庭園を外堀沿いに歩くと、喰違見附の跡に出ます。ここから先は江戸時代に外堀内側に築かれた土塁が四ツ谷駅までつづいています。

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この地図の外堀の右側に書かれた緑色の部分が土塁にあたります。この土塁上にも江戸時代から生えていたと思われる松の木があります。この幹がねじれた松の大木です。

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雨も小降りになってきたところで、四ツ谷駅に到着しました。このつづきは午後に歩きます。

今回のコース
溜池山王駅→勝海舟邸跡→赤坂氷川神社→赤坂門跡→弁慶橋→井伊家屋敷跡日本庭園→喰違見附跡→紀尾井坂→清水谷公園→江戸城の土塁→四ツ谷門跡→四ツ谷駅

歩き旅応援舎の古地図散歩は、週末を中心に開催しています。「参加してみたい!」とか「もっと詳しく知りたい!」という人は、歩き旅応援舎のホームページをご覧ください。

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