2016年02月21日

2月21日 古地図散歩に行こう!江戸城外堀4

江戸時代の古地図を見ながら歩くと普通の町の面白さが見えてくる歩き旅応援舎の「古地図散歩に行こう!」、2月21日は「江戸城外堀4」コースを歩いてきました。

江戸城外堀の跡を4回に分けてあるく外堀シリーズ、4回目の今回は四ッ谷駅から水道橋駅まで歩きます。

まずは集合地点の四ッ谷駅、ここは外堀に設けられていた四ッ谷門の跡にあたります。

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用地買収が不要な外堀の中に鉄道が敷かれたとき、門の跡地ならば橋があってお堀のどちら側にも行けることから、門の跡に駅が築かれたのです。

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現在も駅前に大きな石垣が残っているほか、ところどころに石垣の石や地中から石垣の一部が露出しています。

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四ッ谷駅の北側の外堀は、昭和の初めころの鉄道複々線化(現在の中央線と総武線に分ける工事)の折りに埋め立てられてしまいました。

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現在は外濠公園になっています。

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外濠公園を歩いて抜けると、もく市ヶ谷駅が見えてきます。電車に乗ると遠く感じる四ッ谷駅と市ヶ谷駅ですが、実はすぐ近くなのです。

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市ヶ谷門の跡は、門そのものの石垣は撤去されてしまったので跡形も残っていません。

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しかし門の前の堀にあった橋台(橋を架けるために堀の両側からせり出させた部分)の石垣は今も残っています。

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市ヶ谷から飯田橋にかけての外堀は、江戸時代以前からあった谷間を利用して作られています。そのため外堀の西側には高台が続いているのですが、外堀沿いに歩いていくと名前が付けられ物語が残されたそれらの坂道が次々と現れます。

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飯田橋の駅前までやってきました。飯田橋駅の前には、江戸時代には牛込門がありました。

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この牛込門の石垣の一部が、今も駅前に残されています。

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門の石垣ばかりではなく、橋台の石垣もちゃんと残っています。

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飯田橋駅の北側まで行ったら、ここでちょっと寄り道。小石川後楽園へと向かいます。

この小石川後楽園、現在は都の公園ですが、もともとは外堀の北側にあった水戸徳川家の屋敷内の庭園でした。

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この小石川後楽園の塀の下部にある石垣は、東京駅の南側から発掘された外堀の石垣の石が使われています。

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刻印もボロボロ刻んであります。

水戸徳川家の屋敷の前にあった小石川門の旧地には、現在橋が架けられています。

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この橋の向こう側に門があったわけですが、その門の跡地にはJR中央線の鉄橋が架けられています。

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この鉄橋、実は明治37年(1904)に鉄道が敷かれた当時のもの。なんと114年も使われ続け、今も現役なのです。

そしてこの鉄道の通っている場所こそが、外堀の土塁の上なのです。高い場所にある水道橋駅も、もちろん土塁の上に作られた駅です。

この水道橋駅の前にある三崎稲荷神社で、今回の古地図散歩は終了となります。

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この三崎稲荷神社、神田川を外堀化する工事を担当した仙台藩主伊達綱宗が工事の成功を祈願したといわれております。

江戸時代の古地図にもこのとおり、

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ちゃんと載っている神社です。


歩き旅応援舎の古地図散歩は、週末を中心に開催しています。このブログに書いたことよりも、さらにたくさんのお話をしていますので、「参加してみたい!」とか「もっと詳しく知りたい!」という人は、ぜひ歩き旅応援舎のホームページをご覧ください。多くの方たちのご参加をお待ちしております。

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posted by 歩き旅応援舎 at 16:30| Comment(0) | 古地図散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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