2015年03月07日

3月7日 あの町歩き番組のロケ地めぐり「三田・麻布」

いよいよNHK「ブラタモリ」の4月からの放送内容が発表されました。4月11日、18日と長崎の町歩きだそうです。

歩き旅応援舎の「あの町歩き番組のロケ地めぐり」も3回目となりました。今回は「ガマ池探し」で有名な「三田・麻布」の回のロケ地を訪れてきました。

まずはイタリア大使館。

Image2.jpg

ここは江戸時代には伊豫松山藩松平家の屋敷があったところです。明治時代に土地を分割して、桂太郎や黒田清隆の子の清仲などの屋敷になるのですが、庭園部分の一番いいところを屋敷地にしていたのが総理大臣も務めた松方正義でした。

昭和9年に松方家から土地を買い取ったのがイタリアで、そのまま現在まで大使館として利用されています。

IMG_7803.JPG

番組内では大使がタモリさんたち一行をにこやかな笑顔で出迎えていましたが、歩き旅応援舎にはNHKほどの力はありません。今日は外から見るだけです。

次に向かったのが圓徳寺裏の細い路地。番組内でお寺の墓地を通り抜けていった場所です。ただし、番組放送後に大勢の人がお寺の敷地を通り抜けたことからお寺の人たちが困惑しているというお話を聞きましたので、今回は通り抜けはしません。直接路地の方へと向かいます。

IMG_7805.JPG

やっぱりせまい・・・


昔ながらの小さな家が並ぶ狭い路地。再開発の話もありましたが、ここは番組放送当時のままの姿をとどめていました。この階段も・・・

IMG_7807.JPG

タモリさんが手を掛けた街灯柱も「歩きながらタバコを吸うのはやめてください」の張り紙も・・・

IMG_7808.JPG

みんな放送当時のままでした。

テレビを見ているだけでは地理関係がわかりにくいのですが、この場所から古川をへだてた所が麻布十番商店街です。

IMG_7811.JPG

番組にも出てきたおもちゃ屋さんは健在です。この辺りはお店が多少入れ替わったくらいであまり変化がないようです。

「赤い靴」のモデルのきみちゃんの像。番組内ではワンカットだけ出てきました。静岡から北海道に入植した夫婦が、貧しい生活で子供を育てられなくなり、宣教師に養子として引き取ってもらった話が「赤い靴」なのです。

IMG_7810.JPG

結局夫婦は農地の開発に失敗し、夫が新聞社に務めることになるのですが、その新聞社にいたのが西条八十で、夫婦から聞いた話が「赤い靴」となりました。

ところが、昭和40年代から50年代になって、意外な事実が判明します。この宣教師の養子となった少女「きみ」ですが、養父母がアメリカに帰る時点で重い結核にかかっていたそうです。そのため船旅に耐えられないと判断された「きみ」は、麻布十番にあった孤児院に預けられ、そこで間もなく生涯を終えてしまったというのです。

その孤児院のあった場所は、現在十番稲荷神社になっています。そういった事情で麻布十番商店街に「きみちゃんの像」があるのです。

ところでこの十番稲荷神社、江戸時代から行われていた「ガマ池の護符」の販売を第二次大戦中まで引き継いでいました。そんなことから番組後半は「幻のガマ池」探しとなりました。

「ガマ池」は旗本の山崎主税助の屋敷内にあったそうです。大きなガマガエルが火事のときに火を消すという「ガマ池伝説」が残っています。

番組ではくわしく伝説の話をしていませんでしたが、この伝説には大きく分けて2つあります。

1つ目は番組内で紹介していた山崎主税助の家臣をガマガエルが食べてしまい、怒った主税の助に殺されるところを命を助けられたことから、山崎邸が火事になったときにガマガエルが口から水を吐いて火を消し止めたというもの。

もう1つはもっと古い話で、この地の長者が池を埋めようとしたら僧侶に化身したガマガエルが池を埋めないように頼みに来たので、その願いを長者が聞きとどけたところ、長者の屋敷が火事のときにガマガエルが火を消し止めたというものです。

いずれにしても、「このような高台の上で池を埋めたら火事のときに困るぞ!」という話が伝説に姿をかえたもののようです。

さて、そのガマ池ですが、番組内ではなかなか見つかりません。道行く人に聞いたり、神社で聞いたりしていました。

道で聞いた場所がここです。

IMG_7815.JPG

神社のお守り授与の窓口で聞いたのがここ。

IMG_7817.JPG

この窓口、お正月の七福神めぐりのとき以外に人が常駐しているのを見たことがありませんので、番組の中で女性2人が窓口に座っていたのは撮影用だったのかも知れません。

そしてついにマンション入り口でガマガエルを見つけました。

IMG_7821.JPG

IMG_7820.JPG

このマンションの名前は「ザ・ハウス・ガマイケ」。このマンションの敷地内にガマ池があるのです。池の規模はだいぶ小さくなったようですが、今もガマ池は残っています。

IMG_7825.JPG

今回のコース
田町駅→綱坂→イタリア大使館→圓徳寺裏の町→麻布十番商店街→十番稲荷神社→暗闇坂→麻布氷川神社→がま池→広尾駅

歩き旅応援舎の町歩きイベントは、週末を中心に開催しています。「参加してみたい!」とか「もっと詳しく知りたい!」という人は、歩き旅応援舎のホームページをご覧ください。

使用古地図:人文社復刻版江戸切絵図コピーライトマークこちずライブラリ


posted by 歩き旅応援舎 at 12:00| Comment(0) | ブラタ・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月28日

1月25日 あの町歩き番組のロケ地めぐり「赤坂」

今回初開催の新企画「あの町歩き番組のロケ地めぐり」、諸般の事情から番組名は出せませんが、タモリさんが女性アナウンサーと古地図を見ながら町歩きをするあの番組で出てきた場所を、やはり古地図を見ながら訪ね歩きます。初回の今回は番組の「赤坂」の回で出てきた場所をめぐります。

番組ファンの方には、「あ!ここテレビで見た!」という場所が出てくるはずです。

赤坂に行くのですが、集合場所は四ツ谷駅です。最初の目的地が迎賓館だからです。迎賓館は江戸時代に紀州藩邸があった場所に、明治42年に建設されたネオバロック様式の洋館です。

Image1.gif


当初は東宮御所として建てられたのですが、あまりの広さに住み心地が悪く、結局歴代皇太子殿下がここに住むことはありませんでした。

当の番組はこの迎賓館の門の前で、タモリさんとアナウンサーの会話から始まりました。

IMG_6834.JPG


番組内でタモリさんも言っていましたが、門が大きいです。そして門から建物までが遠いです。石畳が歩きにくそうです。

番組ではここで宮内庁の課長さんの案内で迎賓館の中を見学するのですが、放送局と自営業者の歩き旅応援舎では力の差が歴然としておりまして、迎賓館内部の見学ができようはずもございません。迎賓館の外塀に沿って、赤坂へと向かいます。

赤坂といえば料亭です。一時は200軒ほどあったらしいのですが、現在は10軒を下回る数しか残っていません。それでも立派な建物の姿を町中に見ることができます。

IMG_6835.JPG


こちらは番組の終盤にタモリさんが芸者を上げて遊んだ「赤坂金龍」。昭和3年創業の老舗の料亭です。番組にはワンカットしか出てきませんでしたが、かつて政治家がよく利用したことで知られる料亭「口悦」にも行きました。

IMG_6850.JPG


こちらは昭和37年創業。意外と新しいです。名前の由来は「口が悦ぶ」。いかにも料理がおいしそうな名前ですが、座っただけでも5000円以上はするといわれる高級料亭、おそらく一生縁がないでしょう。

番組で「赤坂のメインストリート」と紹介されていたのが一ツ木通りです。赤坂見附周辺が江戸時代には溜池の中だったのに対して、この一ツ木通りは江戸時代からあった古道です。

Image3.gif


ここにある和菓子店松月の2階の喫茶店で、タモリさんたちと解説の先生が話をしているシーンも出てきました。

IMG_6836.JPG


ただし、この日行ったときはまだ朝だったこともあり、お店は閉まっていました。よく見ると、店のシャッターには店内の様子が描かれています。開店中と間違えてシャッターに激突しないように要注意です。シャッターに激突すると派手に大きな音がします。とても恥ずかしいです。

さて、赤坂と言えば、もう一つは坂道です。「赤坂」の地名どおり、ここにはたくさんの坂道があります。番組では画面が切り替わるときに移っただけですが、この丹後坂も風情のあるよい坂道です。

Image4.gif


IMG_6841.JPG


タモリさんたちが「赤坂で一番の急坂」として下っていったのが、この三分坂。まるで「壁」のような坂道です。

IMG_6842.JPG


Image5.gif


この坂道を降りたところに練り塀のお寺がありますが、このお寺報土寺には、史上最強といわれる力士雷電為右衛門のお墓があります。本堂前にある雷電の手形石に、タモリさんが手を当てるシーンもありました。さっそくタモリさんと同じく手形に手を当ててみます。

IMG_6848.JPG


この日最後に向かったのは、番組では比較的最初の方に出てきた「溜池」の跡地です。こうして実際に歩いて見ると、番組に出てきた場所はけっして地理的に順番に並んでいるわけではないことがわかります。編集作業においてかなり前後が入れ替えられているようです。

Image2.gif


この溜池は外堀に堰を設けて堰き止めて貯水池にしていた場所です。江戸時代の後期にはかなり水量が減っていたという話もあり、明治に入ると埋め立てられて姿を消しました。しかし、その名称は交差点や東京メトロの「溜池山王駅」に残されています。

IMG_6851.JPG


赤坂というより虎ノ門ですが、外堀の石垣が残っています。文部科学省前から道路反対側の商船三井ビルの前にかけて残る石垣に、タモリさんも興奮していました。

IMG_8925.jpg


IMG_8920.jpg


しかし、番組に出てきた石垣は全部ではありません。また、外堀にちなんだものももっとあります。「あの町歩き番組のロケ地めぐり」では、番組に出てこなかったこんなところにもご案内しました。

IMG_7545.JPG


IMG_9393.JPG


参加者のみなさんもオフィスビル街の意外なところに残る石垣に大興奮でした。

今回のコース
四ツ谷駅→迎賓館→赤坂見附跡→赤坂の料亭→丹後坂→三分坂→雷電為右衛門の墓→溜池跡→外濠の石垣→虎ノ門駅

「あの町歩き番組のロケ地めぐり」は今後月2回程度、4月の番組再開までの間限定で開催する予定です。2月は7日に「六本木」、22日に「江戸城外堀」の放送で出てきた場所を訪れる予定です。くわしくは歩き旅応援舎のホームページをご覧下さい。

使用古地図:人文社復刻版江戸切絵図コピーライトマークこちずライブラリ
posted by 歩き旅応援舎 at 18:04| Comment(0) | ブラタ・・・ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。